症例1:誤った行動変容により患者が磨かない
患者情報:26歳、女性/病歴:特になし、喫煙習慣もなし/性格:控えめでまじめ、心配性
初診時のセルフケア
•朝昼晩の3回のブラッシング習慣、歯間部清掃なし
•複数の歯科医院で口腔衛生指導の経験があり、すべての医院にて“オーバーブラッシング”を指摘
された。
問題点
“歯磨きをすれば歯肉が痩せてしまう”という誤った認識を持っており、初診時には炎症はわずか
でしたが、2年後の再来院時には自然出血するほど辺縁歯肉に炎症がありました。再来院時の強い
炎症を持った歯肉は、複数の専門家が単純に“磨きすぎ”情報のみを伝えてしまい、患者さんが“怖くて
磨けない”という誤った行動変容に至ってしまった結果、招いたものだと思います。
何を伝える
口腔内の2大疾患である歯周病とう蝕いずれもバイオフィルム感染症であることを説明し、その対策
には歯面に付着しているプラークの除去が必須であることを伝えました。現状のセルフケアはむしろ
“アンダーブラッシング”であり、このままでは将来的に歯周病による付着の喪失に伴い、さらなる
広範な歯肉退縮を招いてしまう可能性があることも伝えました。
Point
何をみる?→患者さんの歯肉はもともと薄い
歯磨きの方法や歯ブラシの選択は、患者さん固有の歯周組織環境の違いにより異なります。患者さんは
歯肉がもともと薄く、許容できるブラッシング圧の範囲(ストライクゾーン)が狭いことが問題であると
考えました。
どうするケア?→適切な範囲の存在をわかりやすく伝える
この患者さんは歯肉がもともと薄いことから、ストライクゾーンが狭く、オーバーやアンダーになり
やすいことを添え、担当歯科衛生士として患者さんのストライクゾーンを的確に把握し、組織の安定に
導くことを約束して信頼関係を築きました。歯ブラシを処方する際も「なぜその歯ブラシを選ぶのか」
「歯ブラシの特徴」について説明を行うなど、何事にも理由を添えて、専門家が処方した清掃用具で
あることを強調しました。
今後のプロフェッショナルケア計画
もともとオーバーブラッシングとアンダーブラッシングを繰り返している方なので、歯肉に傷がない
か、プラークの厚み、炎症の有無など、そのときどきの歯磨きのクセを観察しています。
症例2:多量のプラークがあるが、セルフケアに興味がない
患者情報:59歳、男性/病歴:特になし/性格:せっかち、何事にもきっちり
初診時のセルフケア
•デンタルIQは低い
•1回/日、硬めの歯ブラシ、多量の歯磨剤使用し、大きなストロークで行なっている
•子供のころから親に歯磨きをしなさいなんて言われたことがない
•年を取ったら、歯なくなっていくのは仕方がないと思っている
問題点
多くの歯石とプラークが存在しますが、これまでの習慣で何も問題がなかったことから、セルフケアに
ついてあまり興味がありません。この年齢まで歯周病が進行しなかったのは、この患者さんのバイオ
フィルムが低病原性であり、不潔性の歯周炎と思われます。
何を伝える
歯周治療を行うためには、患者さんに歯周病について理解してもらい、セルフケア徹底してもらうのが
基本です。セルフケアに興味がなさそうであっても「今どうなっているのか」「どのようにすれば問題
を解決できるのか」を伝え、患者教育を行います。
Point
何をみる?→モチベーションがない、磨けていない
多くのプラークや歯石があることから、まずはプラークコントロールの大切さ理解してもらうことが
重要です。しかし、モチベーションのない患者さんに対して厳しく指導すると逆効果になることも
あり、来院途絶えるのは避けたいと考えました。
どうするケア?→ゆっくりと伝えていく
このような患者さんには、患者教育の後一度セルフケアの説明行ったら、プラークコントロール多少
悪くてもSRPをはじめ、歯石が取れると「こんなにすっきりするんだ」という感覚を体験してもらい
ます。それから、歯周病の病因論、セルフケアとプロフェッショナルケア、メインテナンスなどを少し
ずつ伝えていき、ゆっくりと行動変容が起こるのを待つことにします。
口腔衛生指導としては、まずは磨けていないことをわかってもらうことが大切です。そのため、染め
出しもちろんですが、舌で歯を舐めてもらい、ツルツル(磨けている)とヌルヌル(磨けていない)を感じる
ことができるかを練習してもらいました。また、歯磨き回数を増やしてみることを提案しました。
ただし、セルフケアのテクニックについて指導はしません。歯肉を傷つけたり、磨きにくい部位を自分
で感じるようになったら、テクニック指導のタイミングで、補助清掃用具の追加などもこのときに
行います。
今後のプロフェッショナルケア計画
仕事が忙しくなった際に生活習慣が乱れ、それに伴ってセルフケア意識が低くなってしまう傾向がある
ので、来院時には情報収集に努めますが、健康であれば急速に歯周病が進行することはないか考えて
います。むしろ加齢に伴い、全身疾患を有したときに注意が必要だと予測しています。そして治療が
必要になった場合、スムースに移行・協力していただけるように、信頼関係の維持、患者教育も欠かせ
ません。
まとめ
今回の症例はどれも患者さんの健康管理のために長期にわたって寄り添っており、う蝕や歯周病の予防
のみだけでなく患者さんの全体のリスクを考慮してケアの計画を立てていました。
プロフェッショナルケアではすべての患者さんに同一のケアを行うのでなく個々の患者さんに合わせた
ケアを考えて行っていくことが必要だと改めて考えさせられました。
衛生士 星島